コラム

Column

医療コラム 放射線科

放射線被曝と発がん

Author :アドバイザリーボードメンバー 石津浩一

前回、放射線が細胞や組織に与える影響についてお話ししました。今回は、放射線の人体への影響の中でも、特に関心の高い「発がん」を取り上げます。これまでの内容と多少重複する部分もありますが、全体像を整理するつもりで読み進めていただければ幸いです。

発がんとは何か―「変異」と「選択」のプロセス

がんは、ある日突然、たった一つの遺伝子の故障によって生まれる病気ではありません。細胞が自律的に増殖し、周囲との協調を失い、免疫の監視をすり抜ける――こうした複数のハードルを越えた結果として成立します。

重要なのは、発がんのきっかけとなる遺伝子の傷(変異)そのものは、決して特別な出来事ではないという点です。私たちの細胞では、日々の代謝や活性酸素の作用によって、DNAの損傷と修復が常に繰り返されています。生体には高効率な修復機構が備わっていますが、これを完全にゼロにすることはできません。ごく稀に修復ミスが残り、それが細胞にとって「増殖に有利な変異」として蓄積したとき、がんへの道が開かれます。

つまり発がんとは、生命活動を続ける以上避けられない、確率的な現象の一つなのです。

放射線はどのように発がんに関与するのか

放射線は、高エネルギーの粒子や電磁波が細胞内を通過する際、「電離(電気的な偏りを生じさせる作用)」によって、直接的あるいは間接的にDNAに損傷を与えます。

特にDNAの二本鎖切断が生じると修復は難しくなり、誤った情報が変異として固定される確率が高まります。これが、放射線が発がん要因となり得る基本的なメカニズムです。

ただし、放射線が「特別に凶悪な発がん物質」というわけではありません。あくまでDNAに傷をつける物理的因子の一つに過ぎません。むしろ、化学物質などに比べて作用機構が単純で、線量(当たった量)と影響の関係が比較的明確なため、リスクの評価や管理がしやすいという側面もあります。

放射線と「その他のがん原因」の決定的な違い

ここが、今回最もお伝えしたいポイントです。

喫煙、大気汚染、慢性炎症、ウイルス感染などの主要ながん原因と放射線との間には、「作用の質」において決定的な違いがあります。

・がんを育てる環境を作るかどうか

喫煙や慢性炎症は、細胞に繰り返しストレスを与えるだけでなく、組織全体を炎症状態に保ちます。これは、変異した細胞が生き残りやすく、増殖しやすい「土壌(プロモーション環境)」を形成することを意味します。

一方、放射線被曝の多くは一過性の物理的刺激です。DNAに傷をつける可能性はあっても、その変異細胞を選択的に増やす環境を長期間にわたって作り出す作用は、基本的にありません。

・線量率の違い

放射線影響には「線量率効果」と呼ばれる重要な性質があります。同じ総線量であっても、一度に浴びるより、時間をかけて少しずつ浴びた方が、生物学的影響は大きく抑えられます。

自然放射線や通常の内部被曝のように、極めて低い線量がゆっくりと作用する場合、細胞の修復速度が損傷の発生速度を上回ります。その結果、損傷は速やかに修復され、変異として蓄積しにくくなります。

このため、低線量の放射線被曝は、日常的に体内で生じている代謝由来のストレスの中に埋もれてしまい、単独で発がんを強力に推し進める力は持たないと考えられます。

医療放射線のレベルと発がんリスク

私たちが医療で受けるX線検査やCT検査による被曝線量は、一般に数ミリシーベルトから、多くても数十ミリシーベルト程度です。この範囲の被曝について、将来の発がんリスクが有意に増加するという明確な疫学的証拠は存在していません。

CT検査は比較的線量が高いため注意は必要ですが、それによって得られる「早期発見」「適切な治療方針の決定」といった医療上の利益は、理論的に想定されるわずかなリスクを大きく上回ります。医療被曝は「避けるべき危険」ではなく、医療の利益と比較したうえで適切に管理されるべきリスクです。不安だけを理由に必要な検査を避けることは、かえって健康上の不利益を招きかねません。

放射線に関連するがんの「特徴」と「誤解」

「放射線でがんになる」といっても、すべてのがんが同じように増えるわけではありません。高線量被曝のデータから知られている特徴を整理します。

・白血病(血液のがん)

比較的早期(数年程度)に影響が現れやすい疾患です。細胞分裂が活発な骨髄が標的となるためですが、医療診断レベルの被曝で明確に増加する証拠はありません。

・小児甲状腺がん

成長期の甲状腺は放射線の影響を受けやすく、特に放射性ヨウ素が体内に取り込まれ、甲状腺に集中的に蓄積した場合にリスクが上昇します。X線やCTのような外部被曝では同様の状況は生じません。

・固形がん(胃・肺・乳房など)

影響が現れるとしても数十年後と非常に遅く、増加幅も生活習慣や加齢の影響に埋もれる程度です。

・二次がん(放射線治療後)

実際に問題となるのは、がん治療として極めて高い線量(数万ミリシーベルト相当)を照射した部位に、数十年後に別のがんが生じるケースです。これは診断目的の医療被曝とは次元の異なる状況です。

まとめ

放射線による発がんリスクは、線量、被曝した臓器、年齢、経過時間など、多くの条件に左右されます。しかし共通して言えるのは、低線量では、その影響は他の発がん要因と比べて極めて小さいという点です。

私たちは、食事、ウイルス、生活習慣、ストレス、加齢など、無数のリスク要因の中で生きています。その中で放射線だけを特別視して恐れる必要はありません。

正しい知識を持ち、医療の恩恵とリスクを冷静に見極めることが、健康な生活への第一歩となるはずです。

この記事を書いた人

石津 浩一

Koichi Ishizu

アドバイザリーボードメンバー
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授


京都大学医学部付属病院核医学科 医員
Denmark Aarhus University PET Centerに留学
県西部浜松医療センター附属診療所 先端医療技術センター 副医長
福井医科大学高エネルギー医学研究センター リサーチ・アソシエイト
京都大学医学部附属病院放射線部 助手
京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座(画像診断学・核医学) 講師
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授

専門
日本医学放射線学会会員 放射線科専門医
日本核医学会会員 核医学認定医、PET核医学認定医
産業医 認定産業医

東京Dタワーホスピタル概要

先進的な医療設備

全室個室

〒135−0061
東京都江東区豊洲6丁目4番20号 Dタワー豊洲1階・3−5階
TEL:03−6910−1722
ACCESS:新交通ゆりかもめ「市場前」駅より徒歩2分

脳神経外科、循環器内科、心臓血管外科、整形外科、内分泌内科、麻酔科、健診・専門ドック

無料メール相談はこちら

おすすめ記事

ページトップへ