Column
発がん以外の放射線晩発障害について
Author :アドバイザリーボードメンバー 石津浩一
前回は被曝と発がんのお話でした。今回は放射線晩発障害(late effects of radiation exposure)のうち、一般に混同されやすい「遺伝的影響」と、近年注目されている「非がん疾患」についてお話ししたいと思います。
多くの人が最初に気にする「遺伝への影響」
放射線被曝の話題になると、専門知識の有無にかかわらず、多くの人がまず気にするのは「子どもや孫に影響が残るのではないか」という点ではないでしょうか。発がんリスクも切実な問題ですが、遺伝的影響となると、次世代への責任という観点から直感的な不安が一段と強まる傾向があります。DNAが生命の設計図である以上、生殖細胞の損傷が子孫に受け継がれるという推論は論理的に自然です。
事実、1920年代にH.J.マラーがショウジョウバエで人工変異の誘発に成功して以来、放射線生物学は遺伝学と共に発展してきました。しかし、動物実験の結果をそのままヒトに当てはめることの難しさが、長年の議論の的となっています。
マウス実験とヒト疫学データの解離
マウス等の齧歯類を用いた実験では、生殖細胞への照射により、倍加線量(自然突然変異率を2倍にする線量)が約1Gy程度と推定されるなど、明確な定量的データが存在します。ところが、ヒトを対象とした疫学研究はこれとは異なる結果を示しています。最も重要なデータは、広島・長崎の原爆被爆二世(約7万5千人)を対象とした数十年におよぶ長期追跡研究です。この研究では、先天異常、新生児死亡率、成長後のがん、さらには最新の全ゲノム解析による突然変異頻度まで精査されてきましたが、親の被曝に起因する統計的に有意な影響は確認されていません。
この「解離」を説明する仮説として、以下のような生物学的プロセスが考えられています。
・選択的淘汰の厳格性: ヒトの胚発生プロセスはマウスより複雑でチェック機構が厳しく、重篤な変異を持つ胚は着床前後に自然淘汰される確率が高い(Pregnancy wastage)。
・トランスポゾンの動員: 高線量被曝により、ゲノム上の「動く遺伝子」であるトランスポゾンが活性化し、ゲノム不安定性を引き起こす可能性が指摘されていますが、低線量域ではこのトリガーが引かれない可能性。
・エピジェネティックな継承の不確実性: DNAのメチル化やヒストン修飾が次世代へ伝わる「世代間エピジェネティック継承」は、線虫や植物では顕著ですが、哺乳類では受精直後に大規模なリプログラミング(初期化)が起こるため、放射線による修飾が定着しにくいと考えられています。実際、ヒトにおいてこれが健康被害として定着しているという証拠は見出されていません。
自然放射線が高い地域からの示唆
遺伝的影響を考えるうえで、もう一つ重要なのが高自然放射線地域の住民調査です。自然放射線は以前お話ししましたが、世界には平均的な地域の十数倍の自然放射線を世代を超えて浴び続けている地域(インドのケララやブラジルのガラパリなど)が存在します。
これらの地域での膨大な疫学調査においても、先天異常や遺伝的疾患の増加が明確に確認されたという報告はありません。「自然放射線レベルの変動幅であれば、生物学的修復機能の範囲内、あるいは他の環境要因に比して無視できる程度の寄与である」というのが現在の科学的コンセンサスです。
原爆被爆のような短時間の高線量照射に比べ、自然放射線のような低線量率の持続被曝では、DNA修復酵素(PARP1等)が逐次的に対応するため、変異の蓄積が抑制されます。これを線量率効果(Dose Rate Effect)と呼び、高自然放射線地域で障害が見られにくい重要な要因とされています。また、照射された細胞だけでなく、その周囲の非照射細胞にも反応が出る「放射線バイスタンダー効果」の影響も検討されています。これは細胞間情報伝達を介した現象ですが、生体内においてこれが防護的に働くのか、あるいは障害を増幅させるのかについては、現在もホットな研究領域です。
非がん疾患の臨床的閾値と「生活習慣」の寄与
私たちの日常生活や健康管理において、より現実的に向き合う必要があるのが臓器別の晩発障害です。これらは、ある一定の線量(閾値)を超えると細胞死や組織の変質が顕在化する性質を持っています。
かつては「一定の線量で結果が確定する」という意味で「確定的影響」と呼ばれ、現在も教科書等で広く使われています。しかし近年の国際的な指針では、「組織反応(Tissue reactions)」という呼称が標準になりつつあります。これは、単なる物理的な結果だけでなく、被曝後に生じる慢性的な炎症や組織の変質といった「一連の反応プロセス」を重視する考え方にシフトしたためです。また、個人の体質や生活習慣によって障害の現れ方に「ゆらぎ」があることも、この言葉が選ばれた理由の一つです。
これらの評価を難しくしているのは、放射線による影響が、加齢や生活習慣による自然発症リスクと見分けがつきにくいという点です。例えば、循環器疾患(心筋梗塞や脳卒中)のリスクを比較してみましょう。
・放射線被曝: 1Gy(1,000mSv)という、医療や事故を除けばまず遭遇しない高線量を全身に浴びた場合でも、循環器疾患による死亡リスクの増加(過剰相対リスク)は10〜20%程度と推定されています。
・喫煙: 一方、習慣的な喫煙による循環器疾患の死亡リスク増加は、非喫煙者と比較して100%〜200%(2〜3倍)に達します。
つまり、極めて高い放射線量を想定したとしても、その血管へのダメージは「日常的な喫煙習慣」がもたらすリスクの数分の一から十分の一程度に留まるということです。

これらの障害に共通するのは、生活習慣や加齢による影響が大きく、放射線の寄与を切り分けるのが難しい点です。そのため、放射線を特別視しすぎず、他のリスク因子と比較しながら合理的に評価することが求められます。
放射線治療における晩発障害の特殊性
最後に認識しておいていただきたいのが、現在臨床で観察される晩発障害の多くは、環境被曝やCTなどの画像診断のための被曝ではなく「放射線治療」の過程で生じているという点です。
放射線治療では、特定の局所へ数十グレイ(Gy)単位の極めて高い線量を投与します。その結果、数年を経て照射範囲内の正常組織に線維化等が生じることがあります。これは、日常生活で議論する「ミリシーベルト(mSv)」単位の被曝とは、エネルギーのオーダーが数万倍異なる事象です。この放射線治療における「高線量による組織反応」こそが、医療現場で最も向き合うべき現実的な課題と言えます。
おわりに
放射線が遺伝的影響を引き起こす可能性は、理論的には否定できません。しかし、膨大な疫学データは、「現実的な被曝レベルにおいて、次世代に明確な影響が出ることは考えにくい」という結論を積み上げてきました。
晩発障害を正しく理解することは、根拠のない不安を退けるだけでなく、放射線治療のような現実的なリスクを直視することにもつながります。放射線治療後の晩発障害については次回以降により詳しくお話しできればと思います。
この記事を書いた人
石津 浩一
Koichi Ishizu
アドバイザリーボードメンバー
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授
京都大学医学部付属病院核医学科 医員
Denmark Aarhus University PET Centerに留学
県西部浜松医療センター附属診療所 先端医療技術センター 副医長
福井医科大学高エネルギー医学研究センター リサーチ・アソシエイト
京都大学医学部附属病院放射線部 助手
京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座(画像診断学・核医学) 講師
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授
専門
日本医学放射線学会会員 放射線科専門医
日本核医学会会員 核医学認定医、PET核医学認定医
産業医 認定産業医

東京Dタワーホスピタル概要

先進的な医療設備

全室個室
〒135−0061
東京都江東区豊洲6丁目4番20号 Dタワー豊洲1階・3−5階
TEL:03−6910−1722 / MAIL:info@162.43.86.164
ACCESS:新交通ゆりかもめ「市場前」駅より徒歩2分
脳神経外科、循環器内科、心臓血管外科、整形外科、内分泌内科、麻酔科、健診・専門ドック
