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放射線科

放射線基礎⑥ 放射線感受性―細胞から臓器レベルで理解する被ばくの影響

Author :アドバイザリーボードメンバー 石津浩一

放射線被ばくの影響は、「どれくらいの線量を受けたか」だけでは決まりません。同じ線量を浴びても、大きくダメージを受ける臓器もあれば、ほとんど影響を受けない臓器もあります。この違いを生み出しているのが、「放射線感受性(radiation sensitivity)」です。
今回は、放射線が細胞にどのような影響を及ぼし、それがどのように組織や臓器の障害へと広がっていくのかを、細胞レベルから臓器レベルまで順を追って整理します。

細胞死はどうやって起きるのか

細胞がその機能を失って細胞死に至る原因として大きく2つが考えられます。一つはDNAの損傷がその主要な原因となるもので、もう一つはDNA損傷が直接の原因ではないものです。

DNA損傷の原因としては、放射線が直接作用しDNAを損傷する直接作用と、放射線が細胞内の水分子を電離して活性酸素やラジカルといった反応性の高い粒子を生成し、間接的にDNAを傷つける間接作用があることが知られています。生体は水分が多いため、約3分の2は間接作用による障害だと考えられています。

放射線による細胞死は、多くの場合、このDNA損傷が引き金となります。なお、このようなDNA損傷を引き起こすのは放射線だけではなく、化学物質、毒素、紫外線など、様々な原因が存在しています。

表1に、細胞死の原因とDNA損傷の原因を分類して示します。

DNAの損傷と修復

DNA の損傷には、塩基損傷、DNA一本鎖切断、DNA二本鎖切断、DNA–タンパク質架橋、それらが組み合わさった複雑損傷などがありますが、この中で最も生物学的影響が大きいのがDNAの二本鎖切断です。

細胞にはDNA損傷を修復する能力があり、その成否が細胞の運命を左右します。多くの場合、損傷は正常に修復されます。しかし、修復不能な損傷が蓄積した場合、細胞は細胞死(主にアポトーシス)に至り、その量が多いと組織障害に繋がります。

もう一つ、厄介なパターンとして、損傷は致死的ではないが誤った修復(ミスペア)が行われる場合があります。誤った修復はDNAの変異を残しますが、細胞が修復完了と認識すると分裂を再開してしまいます。このような細胞は染色体異常や突然変異に繋がり、癌化(発がん)の原因となります。

また、DNA変異が起きて細胞が修復を断念するか、修復が危険だと判断した場合、細胞分裂が永久に停止されることがあります。これは細胞老化(Senescence)と呼ばれ、細胞自体は死にませんが、炎症を誘導する分子を放出し、組織の線維化、慢性炎症、組織老化といった晩発障害の原因となります。

放射線生物学的な特異性

放射線感受性は細胞周期との関係が深く、一般に分裂の盛んな細胞ほど感受性が高いことが知られています。これは、細胞分裂期(M期)が最も高感受性で、DNA合成期(S期)が最も抵抗性が高いという形で明確に現れます。

放射線による障害には、他と異なる以下のような特異性もあります。

・局所集中性: 放射線が照射された部位にのみ障害が集中する。

・作用機序の多様性: 直接作用と間接作用の両方が同時に働く(高LET放射線は直接作用が多く、低LET放射線は間接作用が多い)。

・DNA二本鎖切断の発生密度: 高LET放射線は、DNA二本鎖切断を密に発生させ、修復を困難にする。

・休止期細胞への作用: 細胞分裂を行っていない休止期細胞(G0期)にも作用し、アポトーシスや細胞老化を誘発することがある。

組織・臓器レベルの放射線障害と感受性

多くの細胞に障害が及ぶと、組織や臓器の機能不全につながります。臓器ごとに放射線感受性が異なり、分裂が活発な細胞(特に幹細胞)を多く含む組織は、分裂死が起きやすく、感受性が特に高くなります。

臓器の放射線感受性は、細胞分裂の速さ以外に、幹細胞の存在割合、臓器の再生能力、血管・支持組織の反応性といった複数の生物学的特性に依存するとされています。

主な組織の感受性の違いを表2に示します。

神経組織のように細胞分裂をほとんど行わない組織は、細胞死は少なくなりますが、組織障害に至らないわけではありません。DNA損傷が残ったままで存続する細胞が増えると、細胞老化や慢性炎症、血管障害を来し、線維化や萎縮に至ることがあります。

これは、高感受性の造血組織などが数日から数週間で臓器障害を来す急性障害であるのに対し、数カ月や数年後に症状が現れる晩発障害(または晩期障害)と呼ばれます。

主要組織と放射線障害の特徴

放射線障害にとって重要性の高い臓器とその障害の特徴を説明します。

1)造血系と末梢血

骨髄の幹細胞は放射線に極めて敏感で、比較的低線量でも影響がみられます。まずリンパ球が減少し(数時間〜数日)、次に好中球、血小板へと影響が広がり(数日〜数週)、高線量では造血不全により感染症や出血傾向が進行します。全身被ばく時に急性放射線症が発生した場合、最も顕著な変化が現れるため、血球数の変化は患者状態を把握する重要な指標となります。

2)皮膚

皮膚は中等度の感受性を持ち、放射線障害が“見える形”で現れやすい臓器であり、以下のような症状が出現します。

早期反応(数時間〜数日):軽い紅斑、そう痒感。

亜急性反応(数週):乾燥・落屑、強い炎症(湿性落屑)。

晩発反応(数ヶ月〜数年):色素変化、硬化、血管拡張、難治性潰瘍など。 特に晩発反応は、血管の損傷や線維化が関与し、難治性。

3)消化器

腸管の粘膜は常時細胞分裂が行われており、放射線に対し非常に弱い組織です。比較的早期に悪心・嘔吐、下痢、腹痛、出血などの症状が現れます。高線量の全身被ばくでは、腸のバリア機能が破綻し、敗血症など生命に関わる状態に至ることがあります。

4)内分泌腺

内分泌腺の放射線感受性は器官ごとに異なります。特に小児の甲状腺は放射線に敏感です。下垂体・視床下部は、高線量照射後の晩期にホルモン分泌低下を生じることがあります。副腎や膵島は比較的抵抗性が高く、急性障害は少ないとされています。

5)性腺

生殖細胞は分裂が活発で、DNA損傷の影響を強く受けます。精巣はわずか0.1〜0.2 Gyで精子数が減少することがあり、数Gyで一時的不妊、6 Gy以上で長期的不妊の可能性が高くなります。女性は生まれたときに持つ卵子のもと(卵母細胞)の数が加齢とともに減少するため、若年ほど卵巣の放射線感受性が高いという特徴があります。2〜3 Gyでも卵巣機能に影響が出ることがあります。

6)眼球の水晶体

水晶体上皮細胞が放射線感受性が高いため、DNA損傷が細胞死や細胞老化を誘導します。これが白内障(水晶体混濁)の原因の一つとなっています。

7)放射線感受性の低い臓器

脳や脊髄などの神経、心筋、軟骨、脂肪、腱・靭帯・結合組織などの線維性組織は、細胞分裂を行わないか、細胞活動性が非常に低いため、放射線感受性は低くなっています。これらの組織の障害は晩発障害として現れることが中心となります。


以上、細胞死と放射線被ばくについてと各臓器の放射線感受性についてお話ししました。
次回は発がんや遺伝的障害を含めた晩発障害についてお話ししたいと思います。

この記事を書いた人

石津 浩一

Koichi Ishizu

アドバイザリーボードメンバー
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授


京都大学医学部付属病院核医学科 医員
Denmark Aarhus University PET Centerに留学
県西部浜松医療センター附属診療所 先端医療技術センター 副医長
福井医科大学高エネルギー医学研究センター リサーチ・アソシエイト
京都大学医学部附属病院放射線部 助手
京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座(画像診断学・核医学) 講師
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授

専門
日本医学放射線学会会員 放射線科専門医
日本核医学会会員 核医学認定医、PET核医学認定医
産業医 認定産業医

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