Column
放射線基礎⑤ 放射線ホルミシスのお話し
Author :アドバイザリーボードメンバー 石津浩一
ホルミシス:すべての刺激は毒にも薬にもなる
ホルミシス(Hormesis)
「すべての刺激は毒にも薬にもなる」という考え方を表す言葉で、ギリシャ語の「刺激する(hormaein)」に由来しています。この概念は、高用量(大量)では有害な影響を及ぼす物質や要因が、低用量(微量)ではかえって有益な作用や活性化効果をもたらす現象を指します。
例えば、ジギタリスは量が多いと致死性の毒物ですが、低用量では心臓の収縮力を高める強心剤として使われます。トリカブトの根を加工した附子(ブシ)も漢方薬に配合されますが、大量に服用すると毒となります。水や塩といった生命に必須の物質も、過度になれば害を及ぼします。太陽光線も、ビタミンD合成に不可欠ですが、当たり過ぎると皮膚の老化や皮膚がんの原因になることが知られています。
ホルミシスのメカニズム
生物は、常に外部からのストレスや刺激にさらされており、それらに対応する能力として「防御・修復システム」が存在しています。細胞に不可逆的なダメージを与えるほどではない非常に微量のストレス要因(化学物質、熱、酸化ストレスなど)が細胞に作用したとします。この微小なストレスを感知した細胞は、普段は静かにしている防御・修復機構を予防的に活性化させます。具体的には、抗酸化酵素の生成、DNA修復酵素の増加、免疫細胞の機能向上、シャペロンタンパク質の増加といった変化が観察されます。つまり、小さな刺激に対して過剰な応答として防御システムが活性化され、その結果、健康状態や寿命が延びるという考え方です。
下のグラフは、筋力トレーニングを例にとったホルミシス効果の例です。
・X軸:1週間に何分筋トレを行ったか
・Y軸:筋トレを一切していない人の死亡率に対する筋トレしている人たちの死亡率の比
・筋トレという刺激が加わることで何もしない人と比べて死亡率が下がり、1週間に40分程度が最も効果が高く死亡率が17%低下しています。しかし、やり過ぎると効果がなくなり(140分でやっていない人と同じ)、それ以上筋トレをすると逆転して死亡率が高くなっています。
このように、ある程度までの刺激は健康を向上させ、刺激を増やしすぎると逆効果になるという現象をホルミシス効果と呼んでいます。

放射線ホルミシスという考え方
低線量放射線による観察事例
では、放射線にもホルミシス効果は存在するのでしょうか。低線量被曝による有益な効果は、細胞や動物実験で確認されています。例えば、免疫細胞の活性化(リンパ球やマクロファージなど)[1,2]、DNA修復機能の強化[3]、老化の遅延、ストレス耐性の獲得といった効果です。これらの現象は、前述のホルミシス・メカニズム(防御・修復システムの活性化)が放射線刺激によって引き起こされた結果と考えられます。
また、疫学調査においても、特定の集団で期待されるリスクの増加が見られない、またはわずかながら低いという報告があります。カナダの医療放射線従事者6万人以上の検討[4]での死亡率が一般カナダ人よりもやや低いという結果や、原子力発電所の労働者では一般集団より発がんリスクが低いという報告もあります[5]。自然放射線が世界平均より高い地区での疫学調査でも、がん発生率や死亡率の明らかな上昇は確認されていません(この点は過去のコラムでも触れました)。
国際機関における低線量被曝の考え方
しかし、ICRP(国際放射線防護委員会)のような放射線防護に関係する国際機関は、低線量領域においても放射線被曝が健康にプラスに働くことはないという立場を取っています。
これは、100mSv以上の高線量被曝で認められた「被ばく量が増えれば障害も増える」という結果を低線量領域にも適用し、「どんなに小さな線量であっても、理論上は発がんなどのリスクがわずかながら存在する」というLNTモデル(直線しきい値なしモデル)という仮定を用いています。
この仮定にはいくつかの理由があります。一つは人間の疫学調査の限界です。被曝線量の正確な評価が困難なこと、他の生活習慣や環境因子などの交絡因子の影響、何十年にも及ぶ追跡調査が必要なことなどから、「あと何mSv被曝すれば癌の発生率がこれだけ変化する」という確かな証拠は得られていません。発がんリスクの増加が非常に小さいため、他の要因に埋もれてしまうのです。
このような状況で「放射線ホルミシスは存在します」と断言することは、一部の人が素人考えで故意に放射線を浴びる行動をとってしまう危険性を生じさせかねません。そこで、ICRPは「リスクがないと証明されるまでは、リスクがあると仮定する」という予防的原則を採用しているのです。放射線ホルミスの可能性は示唆されているものの、その効果は微々たるものであるとされ、公衆衛生の観点からは「放射線は被ばくしないのが一番!」という原則が維持されています。
1. Cai L, et al. Int. J. Mol. Sci. 2017, 18(2), 280
2. Hussien SM, et al. Int J Immunopathol Pharmacol. 2023 Jan-Dec:37
3. Tang FR, et al. Int J Radiat Biol. 2015 Jan;91(1):13-27.
4. Zielinski JM, Int J Occup Med Environ Health. 2009;22(2):149-56.
5. Lin RT, et al. Current Environmental Health Reports (2024) 11:329–339.
この記事を書いた人
石津 浩一
Koichi Ishizu
アドバイザリーボードメンバー
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授
京都大学医学部付属病院核医学科 医員
Denmark Aarhus University PET Centerに留学
県西部浜松医療センター附属診療所 先端医療技術センター 副医長
福井医科大学高エネルギー医学研究センター リサーチ・アソシエイト
京都大学医学部附属病院放射線部 助手
京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座(画像診断学・核医学) 講師
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 准教授
専門
日本医学放射線学会会員 放射線科専門医
日本核医学会会員 核医学認定医、PET核医学認定医
産業医 認定産業医

東京Dタワーホスピタル概要

先進的な医療設備

全室個室
〒135−0061
東京都江東区豊洲6丁目4番20号 Dタワー豊洲1階・3−5階
TEL:03−6910−1722 / MAIL:info@162.43.86.164
ACCESS:新交通ゆりかもめ「市場前」駅より徒歩2分
脳神経外科、循環器内科、心臓血管外科、整形外科、内分泌内科、麻酔科、健診・専門ドック
